限界日誌

今日も一日限界生活

右手を掲げて裁判所

 なんてことはない。「右手を掲げたら裁判所行きになっちゃうかもよ」というお話である。ナチス政権下の国民啓蒙・宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスはベルリン大管区指導者時代、わけの分からない見出しで耳目を集める、と言った広報戦略を取っていたので真似してみた。

 本題に入ろう。山内敏弘「西ドイツの軍隊と兵士の人権」(『獨協法学』第18号)という論文を読んだ。日本国内の国防軍絡みの研究は、もっぱら「軍服を着た市民」概念や、徴兵制などといった「兵士の人権」に焦点を当てたものが多いため、最初はそのうちの1つだと思って読み始めた。ただその中には国防軍内の司法に関する言及があり、それが興味深く思われたので少し紹介しておきたい。

 まず、軍内における懲罰、日本においてはもっぱら自衛隊法によって規定されているものだが、国防軍においては軍法に当たる軍刑法(Wehrstrafgesetz)が刑法の特別法として定められており、脱走や抗命などの罪を規定している。ドイツは軍法会議を設置していない(ただし、基本法96条は防衛事態または海外派兵、艦船乗組を命じられている軍の所属者に対する軍刑事裁判所の設置を規定している)ため、軍刑法に違反した場合は通常裁判所にて審理が行われる。

 軍刑法の他に、軍懲戒法(Wehrdisziplinarordnung)が制定されており、兵士法(Soldatengesetz)の規定に反した軍人を処分することが定められている。懲戒法による処分には権限を持つ上官が行う単純懲戒処分(Einfache Disziplinarmaßnahmen)と基本法第96条4項に基づき設置される部隊服務裁判所(Truppendienstgericht)によって下される裁判的懲戒処分(Gerichtliche Disziplinarmaßnahmen)が存在し、単純懲戒処分においては戒告から最大3週間の懲戒拘禁まで、裁判的懲戒処分においては減俸から懲戒免職までの処分を下すことができる。

 また、単純懲戒処分に対しては、部隊服務裁判所に不服を申し立てることができ、裁判的懲戒処分に対しては、連邦行政裁判所控訴することができる。

 ...とここまで国防軍内における司法について概説したが、その処分の裁量にも注目したい。懲戒法に基づき、兵士法で禁止されている軍服を着用しての政治的集会参加者に対して上官は懲戒拘禁4日を科した。また、『共産主義人民新聞』へ「連帯のあいさつ」を掲載するため兵士の署名を集めて回った兵士は懲戒拘禁14日を科せられている。同様の政治的行為は、日本においては自衛隊法第61条により禁じられ、違反した場合は3年以下の懲役または禁錮が科せられうる。

 このように、兵士法に基づき軍人の市民権を広範に認めている関係上、国防軍の政治的行為において法に反した兵士に対する処分は寛大な傾向にあるが、対して極めて厳正な処罰をもって臨む場合もある。例えば、ナチス時代に用いられた挨拶である「ジーク・ハイル」(勝利万歳)を同僚に対し呼びかけた兵士は懲戒免職、すなわち部隊勤務裁判所に訴追され、有罪判決を受けている。

 当然この処分の差異には日独の歴史観、軍(自衛隊)の方針の違いが大きく影響し、また軍人(自衛官)をめぐる司法制度にも大きな隔たりがあるため単純に比較するのは適当でないが、このように連邦国防軍が過去の教訓をもとに軍人に対する司法制度を整備し、運用していることは、改憲による軍(ないしは自衛隊の根拠規定)設置が議論され、これにともなって軍法会議の設置も検討されている現在の日本に大きな示唆を与えるだろう。